イギリス競馬 ムチ協議会レポートを読む_後編

後半の後半はムチルールの国際展開の話。
まずは各国のムチルールの概要から

5.国際比較

すべての主要な競馬管轄区域が加盟する国際競馬統括団体連合(IFHA)は、競馬における鞭の使用に関する広範な優良実施原則を定め、これを基に世界中の鞭規制に関する国際最低基準を定めています。このガイドラインは、各国が独自のルールや罰則を解釈し、発展させることを認めています。
その枠組みの中でも、競馬の管轄地域によって鞭のルールに大きな違いがある。この点については、馬福祉委員会が「A Life Well Lived」で論じている。
特に注目すべきは、「過剰な頻度」の定義にばらつきがあることだ。
フランスとドイツでは、レース中の鞭の使用は5回までに制限されている。アイルランドでは2019年に8回に減らされ、南アフリカでは12回、オーストラリアではレースの100メートル地点以前は5回以内の使用だが、それ以降は無制限とされている。香港とシンガポールでは、制限は指定されていない。香港のルールでは、「鞭を誤用したり、不適切な方法で鞭を使用したライダーは懲戒処分の対象となる」と定められている。シンガポールでは、「レースやトライアル、トラックワークなどで、過度、不必要、不適切な方法で鞭を使用してはならない」と規定されている。何をもって過度、不必要、不適切な使用とするかは、香港とシンガポールのスチュワードの判断に委ねられます。
2022年3月、アメリカ合衆国では、2022年7月1日からの施行に向けて、改正された鞭の規則を定める新しい法律が成立しました。
これは、アメリカの連邦法に基づき、すべてのアメリカの州の競馬委員会がその規則で採用しなければならない最低限の要件を定めるものです。
この法律では、鞭の使用はフリーハンドで6回まで、手首が頭の高さより上にないこと、連続して2回まで、再び鞭を使うまでに最低2完歩以上走らせる事が規定されています。
この新しい法律を採用する管轄区域の中には、ニュージャージー州があり、それによって、2021年のモンマス・パーク大会に先立って導入された、奨励のための鞭の使用禁止を取り消した。当時、ニュージャージー州は、奮起のための鞭の使用を禁止していた唯一の米国州であった。ノルウェーは、奮起と安全目的の両方で鞭を禁止している唯一の国です。
1986年にノルウェー国会で奮起のための鞭の使用が禁止され、2009年には業界によって安全のための使用が禁止されました(HWB 2020)。ただし、2歳フラットレースとジャンプレースでは、安全のための使用のみが許可されています。

北欧の競馬管轄区における規則の調和に向けた動きの一環として、スウェーデンの管轄区であるSvensk Galoppは、2022年4月から奨励のための鞭の使用を許可していません10。その後、デンマークの管轄区であるDansk Galopは、2022年の今シーズン初めから同じ鞭規則を適用すると発表しています。

とりあえずドバイを筆頭とする中東の記載が無かったのが謎。
ムチの過使用で騎乗停止の報は定期的に見るんですが、何でスルーしたんですかね。
ついでに日本のルールも本文中になく、付随の世界図内には記載があるものの「不適切な仕様に対する裁量権」ていどの記載止まり。
JRAの運用的には10回を超えたら制裁ですが、公文書内に回数の記載が明記されてないので、こうなったんですかね。
単にNARと運用が異なり一本化ができてないだけかもしれませんが。

で、これを踏まえなくて良いんですが、協議会の海外に対する向き合い方の提言はこんな感じに。

10.5 国際調和

コンサルテーションの一環として、回答者はBHAが競走馬の鞭のルールの国際的調和に向けた取り組みを続けるべきかどうかを検討するよう求められました。この質問に対しては、61%の回答者が「はい」と答え、大多数が同意しています。
しかし、規則の国際的なばらつきを考慮し、質的な回答では、鞭の規制が緩やかな国との調和を望む声がある一方、安全のために限られた種類のレースでの使用しか認めていないノルウェーに注目する声もあり、調和の性質について異なる意見が出されました。
運営グループは調和の原則を支持したが、これは主に英国競馬と最も密接なつながりと近接性があり、産業規模(繁殖と血統部門を含む)とレースの質の面で最も強い類似性がある国、主にアイルランドとフランスとの関係で検討されるべきだと考えた。
しかし、英国の最も近い隣国であっても、競馬の統治、構造、認識には国によって違いがあり、それが鞭のルールの進化に影響を与える可能性があります。
そのため、運営グループは、英国競馬が自動的にこれらの国のいずれかに調和すべきであると明確に勧告することには消極的で、代わりに、BHAが、IFHA、欧州・地中海競馬連盟(EMHF)およびその他の関連国際グループ内での役割として、国際相手との調和に関する議論において主導的役割を果たし続けるべきであると考えています。

頂いたコメントにもありましたが
「運営グループは調和の原則を支持したが、これは主に英国競馬と最も密接なつながりと近接性があり、産業規模(繁殖と血統部門を含む)とレースの質の面で最も強い類似性がある国、主にアイルランドとフランスとの関係で検討されるべきだと考えた」
の面で収まってくれれば、最低限良し。
それでも欧州では日本人騎手を相当に乗せづらい状況にはなりますが、ドバイや香港が残ればええやないかと。
これが文末にあるIFHAに乗っけられると面倒くさいことに。
こんな動画で細かく定義されると嫌になりまっせ。
困ったことにわかりやすいけど。


さて。
海外のムチ規制の流れとしては、欧州は厳格化で豪州も規制派の圧力が高い状況。アメリカも高いけど統括構造の再編自体がグダグダ。
香港と中東は、おそらくIFHA準拠で現状維持になると思われ、短期的には二極化していきそうな流れです(そういう意味だと、実はIFHAのテーブルに乗っけた方が分かりやすかったりもする)

現在、日本のムチ制裁は、ムチの使用に対する意識付け的な運用となっていますが、その範疇でも「どちらの流れを追っていくのか?」という選択が迫られる事になります。
欧州を追いかけるのであれば、フォアハンドの使用も制裁対象となるでしょう。
それは多くの日本人騎手が有するムチを回す技術の否定であり、規制されてない国で使える技術的引き出しを自ら放棄することでもあります。
一方で、現行ルールを保持するのであれば、日本人騎手が欧州で乗る事のハードルが更に高くなる事になります。

どちらが正しいという話ではありませんが、JRAに身を任せて良い話でもないでしょう。

ルールを定めるのは統括団体が主体性を持たなければならないのですが、今回に関しては現場側もある程度の意思表示が求められる話でもあります。
個人的には、IFHA準拠レベルを維持して欲しい派ですが、現場として欧州準拠に進む意思を見せるのであれば、それはそれで良いでしょう。
一番最悪なのは、JRAのルール変更に対して後からSNSで文句をいう騎手。
次に駄目なのが、総会ではなくSNSで色々主張する騎手。
道は見えてるんだから、騎手総会できっちり意思見せて政治的に立ち回れってやつですね。
で、騎手総会で揉めて内紛を暴露して泥沼化する風景が一番待ち遠しい。

そういった面では、今年の肩ムチ規制の強化は良い予告になったかもしれません。
改正直後も以前と変わらぬ使い方で制裁を受けた騎手が一定数いたのを見ると、ルール変更を真に受けない騎手がそれなりにいたと思われますが、決してそうではありませんでした。
「フォアハンド禁止?、そんなのありえねぇよwwwww」
といった態度でいると、突然やられてしまうのです。
きちんと譲れないラインを騎手組織としてJRAに伝えて、見てる側が10年ぐらい「鞭のルール変わんねぇな~」でいられるのが、個人的には一番良き良き。
「これが世界の流れだから仕方ない」で妥協する覚悟もしておかないといけないんでしょうけどね。