ミオスタチン遺伝子による調教効果の違い

屈腱炎の幹細胞移植に関するエントリーの最後に「今号の馬の科学は他の記事も面白いヨ」

と書いたら「読むの面倒くさいから書いて」と言われたので書きます。はい。
とりあえずミオスタチン遺伝子に関する基礎知識から。

まず、ミオスタチンとは何なのか。
手っ取り早く、馬事通信から引用

ミオスタチンとは、成長因子の1つで、筋細胞の増殖肥大を「抑制」する物質です。したがって、このミオスタチンが働かなくなると筋肉隆々の個体になることが知られています。しかし、通常はミオスタチンを介して適切な筋量の調節が行われるため、筋量は一定に保たれています。
近年、このミオスタチン遺伝子に認められる一塩基多型(遺伝子の一部分が個体によって異なる)が競走距離適性に関わることが報告されました。すなわち、「C/C」型は短距離、「T/T」型は長距離、「C/T」型はその中間(中距離)に適した傾向を示すことが明らかにされたのです。

~中略~

さらに、中殿筋に針を刺して筋肉を少量採取して、組織学的に筋肉組成を分析した結果では、C/C型の馬のTypeⅡx線維面積(引用注・いわゆる速筋と呼ばれる筋繊維)が最も増加する傾向が認められました。これらのことから、C/C型の馬の筋肉はトレーニングにより肥大しやすく、スピード適性が高いと考えられました。

~中略~

JRA育成馬で測定したV200(引用注・有酸素運動能力の指標)とミオスタチン遺伝子型との関係を見ると、T/T型の馬では他の遺伝子型の馬に比べてV200が高くなっていることが分かりました。また、中殿筋の血管新生因子や有酸素運動能力に関わる筋細胞中のミトコンドリア量に関連している遺伝子の発現量を解析したところ、T/T型で有意に高いという結果が得られました。これらのことから、T/T型の馬では、血管新生が促進され酸素供給が効率的に行われることで有酸素能の発達につながり、持久力が高い筋特性を持ち合わす傾向があると考えられました。

馬事通信 2015.5.1号より

まとめると、
サラブレッドの染色体に有しているミオスタチン遺伝子は筋肥大と有酸素運動能力に影響を与えている。
ミオスタチン遺伝子は3種類に分類され

「C/C」型は筋量大・有酸素能力低
「C/T」型は中間
「T/T」型は筋量小・有酸素能力高

という研究データが示されている。


この情報を前提として、今回の馬の科学に載っていた話。
乳酸値を用いて調教効果判定とミオスタチン遺伝子による調教効果の違いを出してみようという研究である

【背景と目的】
血中乳酸値は、ウマの調教時の運動負荷およびトレーニング効果を評価する指標として有用である。本調査では、JRA育成馬を用いて坂路調教後に血中乳酸値を測定し評価することで、日高育成牧場で行った育成調教の効果判定を実施した。合わせて競走馬の距離適性と関連が示されているミオスタチン遺伝子多型について、調教時の乳酸産生に関する遺伝子型別特徴を検討した。

~中略~

【結果】
月別の血中乳酸値の比較
雄において、12月および1月と比較して2月の乳酸値が有意に低く、2月と3・4月の間には有意な変化は認められなかった。一方、雌において全てのデータを利用すると共分散分析は実施できなかったが、2月と3・4月で比較したところ雄と同様に有意差は認められなかった。

ミオスタチン遺伝子型別の比較
雄・雌とも有意な変化が認められなかった2月以降のデータを用いてΔLA(引用注・乳酸値)を算出した。その結果、CC型と比べてCT型およびTT型で有意に低く、CT型とTT型の間には有意差を認められなかった。次に、調教進度とΔLAとの関係を知るため、2月以降に坂路調教を2本実施した回数とΔLAとの関係を調べたところ、有意な負の相関関係が認められた。

【考察】
調教効果判定について
1歳12月から2歳2月にかけて雄の坂路調教後の血中乳酸値が減少したことから、2016~17年に日高育成牧場で行った調教により雄育成馬の有酸素性運動能力が向上したことが示唆された。しかし、2月に坂路走行本数が1本から2本へ増えたことによるウォームアップ効果や、調教から離脱したトレーニングレベルの低い馬のデータが反映されなかった可能性も考えられ、今後測定条件をそろえた調査が必要だと考えている。
また、雄・雌ともに2月以降は坂路調教後の血中乳酸値に有意な変化が認められなかったことから、この時期の育成馬の有酸素性運動能力を向上させるにはより強い調教負荷が必要であるのかもしれない。

ミオスタチン遺伝子型別の特徴について
CT型およびTT型で坂路調教後の乳酸値が有意に低かったことから、CT型およびTT型はCC型よりも有酸素性運動能力が高いことが示唆された。しかし、CC型では他の遺伝子型よりも筋肉量が多くより多くのエネルギーを必要とするため、乳酸産生量が増えた可能性が考えられる。
また、坂路2本調教回数と乳酸産生との関係を調べたところ有意な負の相関関係が認められたことから、育成期の有酸素性運動能力は調教進度に影響されることが示唆された。

長々と引用したが、個人的に取り上げたいのは最後のミオスタチン遺伝子の違いによる乳酸値の違いである。
乳酸値が4mmol/Lより高ければ無酸素運動、低ければ有酸素運動という評価基準を見たことがあるが、こんな明確に差が出るものなんですかね。
筋肥大と有酸素能力の研究結果通りではあるともいえるが、育成の現場だとグループ分けにも考慮したほうが良いんじゃね?、ってレベルで差が出とるんですが。
元々、ミオスタチン遺伝子による分別は、単純な適距離の判定でなく育成段階での利用が一番効果的ではないかと数年前の優駿に書かれていたと記憶しているが、そういった裏付けが研究データ上では徐々に揃いつつあるというお話でした。