インターネット共産主義成立論が好きだ
インターネット性善説と性悪説という古くて新しい論理がある。
これは色々な面を含んでいる言葉だが、ここでは20年以上前に唱えられたビジネス的な意味合いで話を進める。
Web上にはボランティア精神に富んだお節介さんが山程おり、無料で自由に改造できるパッケージを公開すれば、有能なお節介さんが勝手に改良を繰り返して性能を上げてくれる。
これがインターネット性善説の一面であり、オープンソースソフトの隆盛に繋がり、一つの頂点がLinuxとなる。
その一方で、
Web上には悪意に満ちた暇人さんが山程おり、頼まれもしないのにセキュリティホールを見つけた上で、不特定多数のPCを無意味にクラックするなどお楽しみな事をしたり、メールやフリーウェアを通じてウィルス爆弾をばら撒いたりしてくれる。
これがインターネット性悪説。
これにもう一つ、
インターネットの世界では共産主義が成立する、という論理がある。
現実世界の共産主義はあっけなく崩壊したが、最大の要因として資源は有限であり人の欲を満たすには足りない、という事が挙げられる。
つまり、飯も車も電化製品も人類平等に行き渡らせることは出来ないし、その質の格差が社会の不満を生む訳である。
しかし、インターネット上の資源は0と1で作られており、コマンド一つで容易に複製することが出来、品質も均一である。通信トラフィックや記憶媒体といった上限もあることにはあるが、それは極めて無視できるレベルであり、ネット上では共産主義が成立させることができる。
これがインターネット共産主義成立論。
この、善意も悪意も満ちた空間に無限の資源が合わさった結果、それぞれが所持している音楽、映像、市販ゲーム、果ては業務用ソフトウェアに至るまでを互いに共有しあう文化が生まれることになる。
つまり、Winnyを筆頭としたファイル交換ソフトの成立である。
戦国ランスの売上は10万本だったのにパッチは100万DL、という話が流れたことがあったが、こういった話は日本に限った事ではない。
Windowsの複雑怪奇な認証システムはその典型だ。
ADSLや光回線の普及以降の情報産業にとって、ソフトウェアで稼ぐ旧来のビジネスモデルに限界が生じているのは明らかで、これらを出し抜いたビジネスモデル構築が大きなテーマとなっていた。
このテーマから最初に抜け出したのはApple。
iTunesという高性能プレイヤーを無償提供しミームとして広めIpodというハード販売の成功に繋げた。
ハードウェアであれば物は有限であり複製にも限りがある。
ついでに音楽販売にも繋げて無知良心的なユーザの囲い込みにも繋げている。
無償でユーザーを増やし有償サービスで回収する考え方は、以前からあるものであったが、iTunesとIpodはその決定版であり、現在のIphoneにも通じる考え方だ。
これに続いた、というより決定版をだしたのがGoogle様。
いわゆる、クラウドコンピューティングである。
ソフトも含めた情報をPCではなくWeb上に置いて、全てのサービスをWebを通じて提供する。
提供元が一元管理するので大元を複製される心配は無くなり、不正アカウントの管理に集中すればいい。
ただ、この考え方をビジネスとして成功させているのはGoogleよりもAmazonやMicrosoftであるのは、皮肉的でもある。
とくにMicrosoftはWindowsという大看板で稼ぐことをあっさり捨て、AzureとOffice365で稼ぐことに軸を移したのは実に見事であった。
無限の資源を相手をビジネスにどう利用するか。
この概念と対話しているシステム開発に日本が大きく遅れてしまったのは実に致命的で残念でもある。
ここまでが前置き
で、最近流行りのこれ
#藤田ニコル 「週刊誌にイラ」#クラブハウス 記事化で#Clubhouse https://t.co/KggNqtO7TH
— 日刊スポーツ (@nikkansports) February 8, 2021
こういうWebの大前提を大半が理解してないんじゃ、世界相手に金儲けできそうな人間は今後も生まれないでしょうな。
本題終わり。