オーストラリアのムチ制裁事情

オーストラリアから短期免許で参戦中のB.アヴドゥラ騎手が参戦初週からムチの過剰使用による制裁を受けました。
そういえば、4ヶ月のオーストラリア修行から帰国した小崎騎手も、修行前は3年で2度しか受けていなかったムチ制裁が、帰国後は半年で3回と急増。
オーストラリアは日本よりムチ制裁の基準が厳しいはず・・・というのは思い込みだったのか。
この機会に少し調べたらそのものズバリな論文があったので、日本の状況と比較をしながら見てみましょう。

ムチ使用の国際ガイドライン

と振っておきながら、まずはムチ使用のガイドラインと日本のルールをおさらいから。
国際競馬統括機関連盟の国際協定第32条A(リンク)において、ムチの不適切な使用法がガイドラインとして以下のように規定されています。

・馬が怪我をするほどの強い鞭の使用。
・肩より上方に腕を上げての使用。
・反応のない馬に対し、必要以上の使用。
・明らかに着順の大勢が決した後に、必要以上の使用。
・入線後の使用。
・ひばら(脇腹)への使用。
・過度に頻発しての使用。
・頭部若しくはその付近に対しての使用。
・鞍より前方に逆鞭(フォアハンド)での使用。

これらのルールが妥当なのかは置いといて、この協定はアメリカを除く主要国(日本含む)で批准されており、このガイドラインの要件に応じたムチの使用ルールが各国・統括団体で定められています。
ただ、何を持ってして「過度に頻発」や「必要以上の使用」と判定するのか、という部分に関しては、国や統括団体ごとの裁量に委ねられており各国のルール作りにおいて差異が生じています。

JRAのムチルール運用状況

JRAでも、2014年から協定に基づきムチ使用のガイドライン違反に対する制裁が課されるようになりました。
「過度に頻発」の判定基準は、2完歩以上の間隔を開けずに10回を超える連続使用となっています。
そして実際の制裁対象としては、そのガイドライン内の【過度に頻発しての使用】が9割以上占めています

希少事例としては【鞍より前方に逆ムチでの使用】に違反したと思われる制裁が2017年に3回。
【入線後の使用】【頭部若しくはその付近に対しての使用】に二重違反した2015年10月31日福島1Rの事象(リンク)が確認されています。

一方で上記以外の5項目で制裁を課された事例は確認できていません。
ここまで振り上げてもセーフ

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制裁内容は違反回数と比例しており、制裁を受ける度に
戒告→10000円→30000円→50000円
と加算されていき、5回目以降の違反は一律50000円の制裁金となります。
二重違反による加重制裁は行われていないようです。

また違反内容の軽重は考慮されず一律同列に扱われており、20発以上乱れ打ちしても裁量が重くなる事ははありません。

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年間のムチ制裁事象回数は
2014年:266件
2015年:187件
2016年:177件
2017年:163件
となっています。
なお、2017年の総競争数は3455レース(ムチ制裁率4.5%)、総出走頭数は49148頭(ムチ制裁率0.3%)です。

では、これらの情報を頭の隅に置きつつ、オーストラリアのムチ制裁状況を見てみましょう。


オーストラリア発・ムチ制裁に関する論文

これ以降の内容はPMCに公開されている獣医学論文

Whip Rule Breaches in a Major Australian Racing Jurisdiction: Welfare and Regulatory Implications(原文リンク)

を参考にしています。
ムチ制裁をまとめるだけで論文になるんだってよ。

オーストラリアのムチ使用ルールと制裁回数・内容

まずは、The Australian Rules of Racingで規定されているムチの使用ルール(注・適当に意訳&省略しています)と、2013年のニューサウスウェールズ・キャンベラ地区でこれらに違反して課された制裁回数を見てみましょう。

※オーストラリア競馬全体の数字ではないことに注意
※ここで引用しているルールは2013年のものです。現在では一部変更されており、フォアハンド(逆鞭)バックハンド(順鞭)の分別が撤廃される大きな改正が行われています。

AR 137A. (3)
レース審判員が過度・不適切な使用と判定した鞭の使用
違反・10回

AR 137A. (4)
(a)馬の肩より前方、または頭部付近での使用
・6回
(b)騎手の肩より上方に腕を上げての使用
・87回
(c)その馬が競争状態でない時の使用
・44回
(d)反応のない馬に対しての使用
・0回
(e)入線後の使用
・0回
(f)馬が怪我をするほどの強い鞭の使用
・0回
(g)勝利が確実となった状況での使用
・1回
(h)その馬の着順がほぼ決した状況での使用
・1回
(i)平面部分以外を接触するような使用
・0回

AR 137A. (5)
(a)(i) ゴール100mより前で完歩毎にフォアハンドで使用
・33回
(a)(ii)ゴール100mより前で5回以上フォアハンドで使用
・157回

※その他、審判員が不適切と判定した違反
・9回

論文内 Table1より

ムチ制裁の合計は348回。これとは別に競争内で重複しての違反が37回起きています。
集計地区の総競争数は5604レース(ムチ制裁率6.2%)総出走頭数は56456頭(ムチ制裁率0.62%)。

続いて制裁内容

注意・戒告 253回

$100~$800の過怠金 105回

騎乗停止 13回

その他 14回

論文内 Table3より

騎乗停止日数は7日~10日の範囲で課されています。

打ち方にこだわるオージー流

日本同様制裁が課されているルールとそうでないものが分かれていますが、内容は少し違うようです。
上から見て最初に目につくのが

(b)肩より上方に腕を上げての使用
・87回

日本では肩より上に振り上げても制裁対象になることはありませんが、オーストラリアではあっさり制裁が課されるようです。
オージーといえば、鐙を深く履いて腕をクルクル回す風車鞭スタイルが有名ですが、逆に世界的にも目立つ騎乗法が規制対象として目に付きやすかったのかもしれません。

でも、ボウマンとか風車鞭使ってない?
という気もしますが、日本でのレースでもよく見ると肩より上に上げないように見せ方を工夫してムチを入れているようにも見えます。

時代の流れに上手いこと対応しなければいけないのでしょうな。

その次に来るのが

(c)その馬が競争状態でのない時の使用
・44回

原文は”Whip use when horse is out of contention”なのですが、運用実態としてはシンガリ付近を走っている馬に対してムチを使用した騎手に適用されることが多いようです。これも日本では制裁対象になっていないケースですね。

厳しいのは100m前まで

そして最も制裁回数が多いのが

(a)(i) ゴール100mより前で完歩毎にフォアハンドで使用
・33回
(a)(ii)ゴール100mより前で5回以上フォアハンドで使用
・157回

オーストラリアでは「過度に頻発」の基準が「ゴール100mより前で、5回以上または完歩毎の使用」となっているようです。
「100m前」という基準がどこから出てきたのかさっぱり分かりませんが、ルールは違えど制裁率はJRAと大きく変わらず。この辺の勝負形での踏み出し具合は共通のようです。

で、ゴール100m以前がここまで厳格ならゴール前100m以降はどうなるかといえば、回数に関しては全くのフリー

レーシングルール内にもご丁寧に

AR 137A. (5)(b)最後の100mは騎手の裁量により鞭を使用する事ができる

と規定されています。

という事で、100m前までは連打も許されない厳しい規定が設けられている一方、それを超えてしまえば使い放題のホイップハッピーいうのがオーストラリアのムチ制裁ルールでした。
馬は100mを約14完歩で走るので、ラスト100から10発以上の連打が可能になります。これなら日本のレースで乗る時にムチを使いすぎるのも、ある意味納得です。

オージー的に問題はないのか

さて、最大の疑問が解けた所で、オーストラリアのムチ使用ルールが抱えている問題にも軽く触れておきましょう
100m前までは完歩毎の連打も許さない厳しい基準を設けながら、ラスト100mは使い放題という二面性をもったルールは、運用上で色々と問題を抱えているようです。

まず、ルールの違反を見落とすケースがままあるらしい。
確かに出ムチでポンポン連打したり、全出走馬のムチ使用回数を確認するのは非常に困難な作業。一番目立つ違反騎手がしょっ引かれる一方で、目立たぬ所で違反をしている騎手は見過ごされている事が少ないサンプルからも確認されています。
開催規模により制裁率に差が生じているのですが、その原因がムチの不正使用そのもの差なのか審判精度の問題なのかも判断できないようです。

そしてムチのガイドラインが馬の福祉目的であるにも関わらず、ラスト100mで使い放題なのはどうなのよ、という疑問も当然ながら指摘されています。
100m内でも【AR 137A. (3)レース審判員が過度・不適切な使用と判定した鞭の使用】という形で制裁を課すことは可能ですが、この違反の制裁は10回に留まっており、その内容が100m内での事象かどうかも不明。

なにやら現場にも対外的にも良い顔しようとした結果、運用側に無理が生じているのを感じます。

参考元の論文ではこれらの問題以外にも距離による違いやら男女差やらいろいろな面からデータを出しており、無駄にダラダラ長い充実した内容となっています。
お盆の暇つぶしにいかがでしょうか